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ザ・ストライプスの歴史

 投稿者:えぐぢぃ  投稿日:2009年 6月10日(水)16時43分21秒
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  東京遠征を前に、ザ・ストライプスのヒストリーを、リーダーのナッカートニー君が彼の掲示板に書いています。よく知らない人もおられると思うのでよければ読んで下さい。↓

遡って調べてみたんですが
末金と再会というか改めてじっくり話したのは2001年3月3日のEXZY主催のパーティーだったみたい。
その少し前から柴田が上陽で開業してEIJIROUバンドとしてちょっと活動してたんだよね。
小児科の木下君が参加して私の次男にジョージ役をやらせて、なんちゃってビートルズコピーバンド完成って感じでこのメンバーで約3ヶ月ぐらい活動しましたっけ。
その後ジョージ役がどうしても必要ということで、Abbeysという福岡のコピーバンドから徳田君をお借りして2003年7月頃から約半年ほど結構密度の濃い演奏活動をしましたね。
この構成メンバーでのデビューになるんだけど、2003年7月19日福岡市西中洲のキャンディーというライブハウスで演奏したときに初めてストライプスって名乗ったんですよね。
その後徳田君が抜けてとても困っていたんですが、私も平行して参加していたKURUME BAD BAYSというバンドのジョージ役中村君が丁度そちらのバンドを抜けてフリーだったのでちょっと強引にお誘いしたんですね。
これが現在のファブフォー中野、中村、末金、柴田結成の瞬間です。
最初のライブは2003年12月27日。
これまた後にパートタイムハーピストとしてストライプスに参加するEXZY主催の忘年会でした。
その後は出たがりの私主導で次々にライブをこなしていきました。
2004年16回
2005年16回
2006年11回
2007年19回
2008年21回
この中でも思い出に残っているのは2004年7月4日のバンド自慢コンサートでの福岡ブルーノート出演と同じく2004年12月25日久留米リーガルホテルでのフライングエレファンツとの競演でした。
2008年にはマルチ弦楽器プレーヤーの川村とキーボードのバンビちゃんとパーカッションの本田君が参加して現在の大所帯となっています。
川村の参加により私がキーボード弾き語りすることができるようになりレパートリーの増加をもたらしました。
ばんびはセンスが良く練習量も多く、その真面目さでバンド演奏を格調高いものにしてくれました。
本田は実は年齢は若いのに一番ビートルズ演奏歴の長いメンバーなのだ。
ストライプスではパーカッションとして新しい境地を切り開いている。
手拍子一つにしてもビートルズでは実に重要な役割なのだ。
初期ビートルズに欠かせないハーモニカ、えぐぢいは謙遜するけど良い味だしてる。
親父バンドとしても成熟期を迎えたストライプス。
単なる音楽好きのオヤジ達では満足できない曲者揃いのバンドストライプス。
新しい境地を求めて日夜頑張っております。


東京をぶっ飛ばしてやる
ヾ(*`Д´*)ノ"彡☆

というモチベーションで東京公演を頑張りたいと思います。

以上
ってことです。東京はぶっとばないだろけど、キャバーンクラブ六本木はぶっ飛ぶかも知れないなあ、一瞬くらいは(笑)
 
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