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> No.410[元記事へ]
島根のアーチ好きさんへのお返事です。
第一印象は、輪石の隙間です。この石橋を下から眺めますと、輪石間の隙間が目立ちます。逆にそれでも耐久性は充分あるという石工の自信さえ感じられます。
架設年代ですが、このような半永久橋はおそらく江戸時代には戦略上からも造られなかったでしょうし、仮に造られていたとしたら、この他にも石造アーチ橋が存在するはずです。ということから、明治後期から大正初期ではないかと推測します。
出雲市乙立町には県道162号線に明治時代に架設された啌谷川暗渠(石造アーチ橋・土被りが1.5m以上は暗渠扱いになると聞いています)があります。
場所↓
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=MapionBB&nl=35/17/05.093&el=132/43/11.898&scl=25000&bid=Mlink
おそらくセメントのないこの時代には石造アーチ橋が標準仕様となっていたのでしょう。
他にも大田市に現存・場所不明の石橋情報があります。「日本の石橋を守る会」会員の岡崎文雄様から先日送って頂いた以前の会報です。↓
http://5.travel-way.net/~niemon/kaihou45.zip
また、津和野藩出身の高岡直吉(1860年〜1942年)は宮崎県知事(1908年)の後、島根県知事(1911年)を務めています。土木県令と呼ばれた薩摩藩出身の三島通庸が、山形県令時代に故郷薩摩より技術者を呼び寄せ、山形県に石橋を架けたように、高岡直吉が宮崎県の影響を受け(宮崎県では明治時代に少なくとも110基の石橋が架けられています)島根県の石造アーチ橋架設に関わったとしたら、突飛な話ですが夢は広がりますね。
今後ともよろしくお願いします。
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