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祝!「審査員特別賞」受賞

 投稿者:nakaiメール  投稿日:2010年11月23日(火)16時21分42秒
  2010年11月20日・21日に福井県鯖江市で行われた「福井映画祭」において、
「ナナイの涙」が審査員特別賞を受賞しました。
 
 

Nanay & Quarry

 投稿者:nakaiメール  投稿日:2010年 8月14日(土)17時17分39秒
  この度、横浜のジャック&ベティという映画館で8月28日~9月5日まで
行われます「よこはま若葉町多文化映画祭」で、私が自主制作した
ドキュメンタリー映画「ナナイの涙」(2009年)と「クアリ」(2004年)
が上映されますのでお知らせします。


クアリ Quarry
~米軍に依存し傷ついた人々~
2004年/日本/100分 ☆劇場初公開!

  米軍基地が完全撤退したことでその名を知られるフィリピン
・スービック。そこの米軍演習場不発弾を拾っては解体し、鉄
やアルミニュウムを売って生活していた村「クアリ」。村人に
とって、基地は日常であり、恐怖であり、汚染源であり、そして
収入源だった。米軍基地があることによる生活と傷。基地撤退後
の住民たちの日常を追ったドキュメンタリー。


ナナイの涙 Tears of nanay
~米兵が残した命の物語~
2009年/日本/100分 ☆劇場初公開!

  91年にスービック米軍基地が撤退したフィリピン・オロンガポ市。
ある女性は、米兵にレイプ・監禁され、出産。ある女性は、米兵との
間に生まれたわが子を虐待。クラブやバーで働いていた女性たちと
米兵たちとの間に生まれた「アメラジアン」の、様々な状況の子ども
たちと母親との微妙な関係を追うドキュメンタリー。“ナナイ”とは
タガログ語で、“お母さん”の 意味。


関心がおありの方は、下記のHPで是非とも詳細をご確認ください。

よこはま若葉町多文化映画祭(シネマ・ジャック&ベティ)
http://www.jackandbetty.net/tabunka2010.html

地図・アクセス
http://www.jackandbetty.net/accessmap.html

「ナナイの涙」解説文
http://homepage3.nifty.com/tewatashipress/nanai.ni.tuite.1

「クアリ」解説文
http://homepage3.nifty.com/tewatashipress/kuari.html
 

「アメリカばんざい~crazy as usual」上映案内

 投稿者:中井  投稿日:2009年 1月28日(水)09時06分31秒
  ★第45回護憲大会(香川県・高松市) 2/1(日)
  香川県立ミュージアム講堂 14:00~
  問い合わせ:平和フォーラム
  peace-forum@jca.apc.org ☎03-5289-8222
 

第26回やみいち行動

 投稿者:中井  投稿日:2008年12月22日(月)19時46分34秒
  「ゆく年クる年」
2008年12月
29日(金)24時
30日(土)19時
31日(日)23時
開場は約30分前
開演時刻は毎日異なりますので御注意下さい。
会場:ブンピカ(京都大学文学部学生控室)
料金:無料
問合せ等は075-752-9306(藤原)
http://www.yamiichi.org
数に限りはありますが、インターネットや
電話で予約を受け付けております。
皆様の御来場をお待ちしております。
 

ビルマ情報ネットワークからの記事

 投稿者:中井  投稿日:2008年12月22日(月)19時39分40秒
  ビルマ情報ネットワークからの記事を転送させていただきます。
重複の際はご容赦ください。

日本ビルマ救援センター事務局
----

4月に来日したベネディクト・ロジャーズ氏の「軍事政権を擁護するな」
(2008年10月27日、ガーディアン紙に掲載)をご紹介します。

「軍事政権を擁護するな」(2008年10月27日、ガーディアン紙)
http://www.burmainfo.org/op_ed/ben20081027.html


原文(英語)はこちら
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/oct/27/burma-naturaldisasters


ビルマ情報ネットワーク (www.burmainfo.org)
秋元由紀

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軍事政権を擁護するな
ベネディクト・ロジャーズ
ガーディアン(英)
2008年10月27日

http://www.burmainfo.org/op_ed/ben20081027.html

 ビルマ(ミャンマー)は世界でもっとも残忍な政権のひとつによって支配されてい
る。それは民主主義を抑圧するだけでなく、世界でもっとも深刻な部類に入る人道危
機を引き起こす政権だ。しかしこうした状況を前に、国際危機グループ(ICG)は道
を踏み外してしまったようだ。

 今年5月にサイクロン「ナルギス」がビルマで猛威をふるった。ビルマ軍事政権
(SPDC=国家平和発展評議会)の対応は、世界のほとんどの政府が取ったであろう対
応と異なった。ビルマ軍政は当初、外国からの援助の受け入れを拒んだ。受け入れに
合意した後も援助活動を制限し、救援物資を流用した。救援物資は軍政に盗まれ、救
援物資の配布を手伝おうとしたビルマ人は逮捕された。政府からのわずかばかりの救
援物資は、宣伝のために配布され、写真撮影後には回収されることも多かった。軍政
が意図的に救援を怠たる中で、少なくとも14万人が死亡し、250万人が家を失った。

 サイクロン襲来の後、今度はビルマ西部で新たな人道的危機が発生した。50年毎の
自然現象である竹の開花によりネズミが異常発生し、チン州を飢きんが襲ったのだ。
飢きんが起きることはわかっていたにもかかわらず、ビルマ軍政は例によってチン州
の人々を救うために一切手を打たず、救援活動を積極的に妨害した。当局は国連世界
食糧計画(WFP)の視察団を飢きんが起きていない地域に連れて行き、結果WFPは飢き
んは起きていないと発表してしまった。WFPは後に見解を改めたが、ビルマ軍政は飢
餓に苦しむチン州住民を助けようという動きを阻止し続けている。

 ビルマ軍は国の東部で民族住民に対する軍事攻撃を続けており、その結果ここでも
人々は苦難を強いられている。1996年以来、3,200以上の村が破壊され、100万人もの
住民が家を追われた。一般市民は至近距離で撃たれ、強かんされ、強制労働に徴用さ
れ、地雷原をビルマ軍兵士の先に歩かされて「地雷除去」をさせられる。子どもは拉
致され、ビルマ軍に強制的に入隊させられる。世界でもっとも多くの子ども兵士がい
るとされる軍隊にだ。また、2,100人以上の政治囚が獄中で苦しんでいる。その数は
昨年から倍増し、恐ろしい拷問を受けている。ビルマ民主化指導者でノーベル平和賞
受賞者のアウンサンスーチー氏の自宅軟禁期間は先週で丸13年となった。

 国際危機グループ(ICG)は、ビルマがこうした状況に陥ったのはすべて私たち
(民主化を求める勢力)のせいだと言う。ICGは信頼に足る、今回の報告書を出すま
では評判のよい団体だったが、今回の報告書は実に驚くべきことに、軍事政権を巧妙
に擁護し、国際社会が「政治闘争」に焦点を当てすぎていると批判した。そして、欧
米諸国が軍政に自国民を殺すのをやめるよう激しく圧力をかけているので、軍政が
「救済活動をしていると称する人すべてに、(被災地で活動するために)完全で自由
なアクセスを与えるのをためらった」のは無理もないとほのめかすのだ。ICGはさら
に、軍政関係者が遺体を川に投げ込んでいる映像を放送した欧米のメディアにも過失
があったとも述べた。そのような映像は、かわいそうな軍政高官らにとって「大変ば
つの悪い」ことだったというのだ。

 ICGは、ビルマが抱える諸問題の根本的な原因は政治的なものだと一応認めてはい
る。だが、その問題の解決策もまた政治的なものであるという考え方は受け入れられ
ないようだ。報告書は対ビルマ援助の増額と民間事業への支援を呼びかけ、ビルマが
深刻な人道危機の瀬戸際にあると警告する点では正しい。私も同感だ。様々な報告や
統計を見れば明らかなことだ。しかしICGはそこからさらに、民主化活動家が対ビル
マ援助に反対しているという嘘をふれまわっているのだ。実際には、援助を増やすべ
きだと呼びかけてきたのは活動家たちの方なのに、である。

 昨年、英国政府にビルマへの援助を増やすよう働きかけたのは他でもない英国ビル
マ・キャンペーンとクリスチャン・ソリダリティ・ワールドワイドであった。努力は
身を結び、英国政府はビルマへの援助を増額した。私たちはもう何年も、市民社会や
民主化団体への財政支援の拡大、国境地帯への人道援助、そして国連による関与の必
要性を指摘してきた。また、軍政が国連や民主化運動家、民族団体との対話を行うよ
うにするために多くの時間を費やしてきた。私たちが反対しているのは、ICGが報告
書で呼びかけている、軍政の懐を潤す援助である。理由は単純で、軍政はそのような
支援によって国軍を拡大し、武器を購入し、より多くの国民を殺害するだろうから
だ。ICGは紛争予防の団体だと思っていたが、今は軍政擁護の団体に成り下がってし
まったようである。

出典:Benedict Rogers, 'Don't Defend the Junta,' The Guardian, October 27,
2008.

(日本語訳 ビルマ情報ネットワーク  協力 村田真那)
 

ありがとう

 投稿者:中井メール  投稿日:2008年 9月28日(日)14時21分53秒
  ありがとう。あの時はそういう気分やったんやな。それほど悩んでないから大丈夫やで。
まあ、俺はなんやかんや言って幸せやと思うわ。アイツのことは忘れてないけど、
たまには墓参りも行かなあかんな。
 

泣くなよ

 投稿者:京都の友人  投稿日:2008年 9月26日(金)20時33分15秒
  そんなに悩むなよ。人生みんな幸せそうに観えても、それぞれいろいろと悩み事はあるよ。日本から離れて特にそう思うかもしれないけどね。 意外とみんな密かに応援してるから。 頑張れ!! それからこの前、茨木に墓参り行ってきました。  

言い忘れたこと

 投稿者:中井メール  投稿日:2008年 9月12日(金)19時25分13秒
編集済
   一緒に取材をしているタケミさんが昨日帰国した。
そしてタケミさんと別れた後で、タケミさんに話したかったエピソードが
あったことを思い出して少し残念に思った。
わざわざ掲示板に書くほどのことでもないが、暇だから書くことにする。

それはホテルの1階からエレベーターに乗ろうとした時のこと。
扉が開いて入ろうとすると70歳位のおじいさんが中で立っていた。
おじいさんはエレベーターから出ようとせず、僕とおじいさんはエレベーターの
中で二人っきりになった。僕はてっきり、おじいさんが途中階で降りたかったのに
1階まで行ってしまって、また上の階に戻るんだと思っていた。それなのに
おじいさんは1階のボタンを押し続け、僕が五階のボタンを押してエレベーターが
上に動き出すと「下に行きたかったのに」言って怪訝な表情をした。
「そんなこと言われたって、1階で降りなかったじゃないか!」と言いたかったが、
僕は何も言わずに五階で降りた。果たしてあのおじいさんは無事に1階で降りれた
のだろうか?

とまあ、こんなどうでもいいような話をタケミさんに話したくて温めていたのに
話そびれたままタケミさんは帰国してしまった。

僕は間抜けな人間なので、仕事のことについては失敗しないようにタケミさんに
言い忘れたことが無いか?いつも考えていた。だからこれ以上仕事のことで
タケミさんに言い忘れたことがないか?いくら考えても思い当たらない。

ただ、エレベーターで出会ったおじいさんのことだけが、タケミさん用に
とっておいた心の空洞の中で今も降りずに立ち尽くしている。
 

忙しいような暇なような

 投稿者:中井信介メール  投稿日:2008年 9月10日(水)18時57分19秒
編集済
  マレーシアに三週間、フィリピンに二週間ちょっと取材を続けているが、忙しい時は
死にそうなほど忙しいのに暇となると何もすることが無くて、こちらも退屈で死にそうだ。
昨日は映画を観たが今日は観たい映画も無くて、こうして慣れない掲示板への書き込み
をしている。暇なら暇でいろいろなことを考えてしまって、一人で自己嫌悪に陥ったり
して結構しんどい。他人から見れば毎日自分の好きなことだけして暮らしていて羨ましく
思われるかもしれないが、意外とそうでもない。自分がやっていることが収入になるのか
不安で仕方ないし、取材でスラム街を訪ね歩くのは楽しいが体力的にも精神的にも相当
疲れる。あまり詳しくは書けないが、セブ島のスラム街で聞いた人々の声は、まさに
生活苦の極限まで追い込まれた人々の呻き声だった。

一度想像してみて欲しい。先進国と言われる日本でさえ原油の高騰が原因で多くの
商品の値段が上昇し「生活が苦しい」と嘆く人が多いのに、元々極貧と言われる
フィリピンの貧困層の人々にとって現在の物価高は、最低限の幸せに暮らす権利さえ
剥奪されているようなものだ。更にそんなスラムの人々に開発の波が押し寄せ、
立ち退きを迫っている。

スラムの人々は、決して多くを望んではいない。できれば自分の土地を持って、
立ち退きの不安のない普通の安定した暮らしがしたいと望んでいるだけなのだ。
それなのにフィリピンでは一部の金持ちが土地の大部分を牛耳っていて、土地の無い
貧しい人々に安住の地など無い。藁にもすがる気持ちでスラムの活動家が言った
言葉が耳を離れない。「あなたたちは私たちの希望だ」。その切実な願いに
どう答えればいいのだろう?
 

大阪から引っ越しました

 投稿者:中井信介メール  投稿日:2008年 1月29日(火)11時42分31秒
編集済
  大阪から香川県に引っ越しました。でもまだ香川にはおらず、東京でビデオの編集を
しています。流浪の民とでも言うのでしょうか、落ち着かない生活です。早く香川県に
腰を落ち着けて暮したいです。香川で暮らすようになったら、一日でも良いから頭の中
を真っ白にして、一日中浜辺で釣りをしたいです。
 

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