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しばらくお待ちください

 投稿者:管理者  投稿日:2018年 5月16日(水)05時44分31秒
  投稿ありがとうございました。
パソコンソフトの不具合ですぐにはアップできない状況です。今回の「山川方夫と『三田文学』展」を企画・開催をしていただいた方々のためにも、ぜひ追記したと思います。しばらくお待ちください。
 
 

年譜にぜひ追記を

 投稿者:高野  投稿日:2018年 5月10日(木)01時47分46秒
  ふと気が付きました。

年譜の「没後」欄が筑摩書房版の全集完結で終わっていますが、ぜひぜひ

平成30年1~3月 神奈川近代文学館で企画展 「山川方夫と『三田文学』展」を開催。

などと追記していただけないでしょうか。
 

ありがとうございました。

 投稿者:管理者  投稿日:2018年 4月15日(日)11時32分24秒
  いつも貴重な情報ありがとうございます。高野さんは、美術や建築等にも造詣が深くうらやましい限りです。「東西美人画の名作《序の舞》への系譜」へは季節も良いので観たいのですが、時間が取れそうもありません。新聞にもずいぶん取り上げられていますね。山川秀峰はもちろん、鏑木清方の作品も実物で観ておきたいのですが。  

「序の舞」を見ました

 投稿者:高野  投稿日:2018年 4月 2日(月)01時39分2秒
  東京芸大大学美術館で始まった「東西美人画の名作  《序の舞》への系譜」展を見てきました。
上村松園の「序の舞」が修復を終え、軸装から本来の額装に変更されたのを機に、江戸の風俗画・浮世絵から「序の舞」へと至る美人画の系譜を紹介した展覧会です。京都市美術館の菊池契月「散策」、北野恒富「いとさんこいさん」、京都国立近代美術館の甲斐庄楠音など、京都画壇の代表的な美人画も出品され、目を楽しませてくれました。

秀峰の「序の舞」は、若い女性の華やかさが魅力の松園作と違い、少女のつつましやかなたたずまいに気品があります。モデルは自分の娘でしょうか。おでこの形が山川家の人々と似ている気がします。

山川秀峰「序の舞」 昭和7年(1932年)
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/78912

東西美人画の名作 《序の舞》への系譜
~2018年5月6日(日)
東京藝術大学大学美術館
https://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/current_exhibitions_ja.htm
 

山川秀峰の「序の舞」

 投稿者:高野  投稿日:2018年 3月 8日(木)02時08分28秒
  講演会場でお会いした方々と、山川秀峰の作品についてお話をしましたが、秀峰の「序の舞」(東京国立近代美術館所蔵)が今月31日から東京芸術大学大学美術館で始まる「東西美人画の名作 《序の舞》への系譜」展に出ます。東近美の常設展示は何度も見ているのに、なぜかこの作品に出会ったことがありませんでした。見るのを楽しみにしています。http://bijinga2018.jp  

坂上弘さんの講演会 その4

 投稿者:高野  投稿日:2018年 3月 8日(木)01時57分50秒
  もう終わりにしますが、坂上さんが永井龍男、井伏鱒二、林達夫といった人たちが山川の作品を評価していたと語り、「文壇で認められるって大変なこと、作家が作家を認めるってことは大変なことなんです」と独り言のようにおっしゃったのがとても印象的でした。

ついでながら坂上さんは佐藤洋二郎さんの車で会場に来た、とおっしゃったように思いましたが、ある年、ある号の「三田文学」の表紙に佐藤さん、庵原高子さん、そして不遜にも私の名前が並んだことがありました。その3人が四半世紀を経て、坂上さんの講演会場に偶然居合わせたというのも、不思議なご縁のように思いました。
 

坂上弘さんの講演会 その3

 投稿者:高野  投稿日:2018年 3月 8日(木)01時46分40秒
  私にとって最も示唆的だったのは、坂上弘さんが山川の初の長編「日々の死」について語りながら、山川の作品には「恋人のようでもない、《他人の姿を持った恋人》が出てくる」と指摘されたことでした。
山川の作品で、恋人となる女性はいわば「押しかけ女房」として描かれる、と不遜にも評したのは他ならぬ私ですが、それはあらゆる他人に対して距離を感じている主人公に対し、ひたむきに「愛」を求めてぶつかってくる女性(たとえば「軍国歌謡集」)がいなければ、他者との関係性も生まれようがないからでした。坂上さんのおっしゃるように《他人の姿を持った恋人》と考えれば、とてもすっきりします。
それにしても、山川の描く女性たちは無垢性があって美しくて、ジェンダー論からみればまったく男性優位の人物造形だと批判されてしまいそうです。
 

坂上弘さんの講演会 その2

 投稿者:高野  投稿日:2018年 3月 8日(木)01時20分29秒
  山川、桂芳久、田久保英夫の3人で復刊した、いわゆる戦後第三次「三田文学」の運営方針はよく知られていますが、坂上さんは「耳にタコができるくらいに言っていたことは」として、改めて解説されていました。
①独立採算でやろう。大学の外でやろう(大学の予算や部屋を使うのではなく)
②共和制で行こう(同人誌「文学共和国」と同様に合議制で。反対者がいればその作品は載せないという方針で、遠藤周作の「白い人」の掲載を断ったのが象徴的)
③そして「新人」(発掘)です。要するに「三田文学」を公器にしたかった。

①は坂上さんによると慶應義塾およびその先輩たちに口出しをさせないためでもありました。山本健吉氏など文学の各分野における長老たち、坂上さん言うところの「七人のサムライ」を編集委員に据え、小姑が口出しできないようにした。そうしておいて、自分たちがやりたいこと、「真の昭和の文学」の実現をめざした。坂上さんは「小姑」たちについて言及しませんでしたが、安岡章太郎、遠藤周作といった三田の先輩作家たちを指すと思われます。この方たちと山川たちの関係は、親しい先輩・後輩であるとともに世代間の微妙な緊張もあったと想像され、坂上さんのお話はその辺りをオブラートに包んで指摘されたように思います。
 

坂上弘さんの講演会 その1

 投稿者:高野  投稿日:2018年 3月 6日(火)01時21分20秒
  3月4日に開かれた坂上弘さんの講演会は「ここだけの話」もいくつかあって、活字では伝わらないニュアンスを受け取ることができました。考えがまとまらないまま、忘れないうちに少し書いてみようと思います。

坂上さんはまず、「近くで見ていた自分は山川をすばらしい人だなと思った。人と作品の魅力ということをずっと思っていた。それがどのくらい伝わるのかと思いつつ話したい」という意味のことをおっしゃった。人の魅力というのは接した人間でないと分からないものですが、坂上さんの話はそれを感じた印象的な場面をいくつか挙げ、その空気のようなものが少し伝わった気がしました。

たとえば昭和30年に初めて会った時、「まだ山川の作品を読んでいなかったが、私はそこで『編集する山川』に出会った」という思い。30枚の小説を持参し、倍にしてくれと言われて60枚、さらに80枚に書き直して、「どんどん小説らしくしてくれる」。生まれながらの編集者、生まれながらの「人を育てる人」だった山川が、そうやって「今までライターでない人をライターにしていった」。

あるいは二宮の山川邸の描写。2階の書斎は「海が目の前に広がり、海の音がドウドウと聴こえていた。その海の音を聴きながら山川は作品を書いていた」。そのような空間に身を置いて小説を書いていた山川に、どこかでかすかに畏怖のような、芸術家の神韻を感じていたのだろうと思わせる述懐でした。
 

山川方夫と「三田文学」展

 投稿者:管理者  投稿日:2018年 2月28日(水)06時01分12秒
   記憶にはその人の思いもかなり影響されるものですね。私も拝見してきました。活字ばかりを追ってきた者にとって、自筆の原稿には目を引かれ、時がたつのを忘れ、たたずみました。閲覧室の資料収集も素晴らしく、新しい発見もあり、刺激を受けてきました。もう一度冷静に観てきたいと思います。
 今朝の産経新聞に海老沢類氏の山川方夫と「三田文学」展の紹介が掲載されおります。
 

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